髪型迷子の原因は、コミュニケーション?
こんにちは。「わたしの時間」管理人のしばです。
先日、美容院で縮毛矯正をかけてもらいました。
髪が太く、量が多く、根元がうねる私の厄介な髪質は、今年の長い梅雨の湿気に大爆発。朝どれだけ整えても2分後には広がる髪に耐えきれず、駆け込むように美容院へ行ってまいりました。
あれやこれやケアしてもらって、3時間後に鏡に映った新しい自分。見慣れないのもあるけど、それでも、なんだかしっくりこない。てゆーか、変?
髪がストレートになってまとまったのはいいけどペタンコに落ち着きすぎて顔が大きく見える気がするし、前髪も切って短くなったせいもあり、ボブと言うより完全におかっぱ頭。
思ってたんと違う…!
しかし、美容師さんの「だいぶまとまりましたね!」という笑顔に反論する勇気もなく、「いい感じです」と微笑んで帰って来てしまいました…。
髪型迷子の原因は、自分のコミュニケーション?
20代半ばをすぎたあたり、結婚した後に引っ越してから特にそうですが、髪型迷子です。
何件か美容院を渡り歩き、やっと「いい感じかも」と思えるサロンと美容師さんに出会うことができたんです。が、ここ数回仕上がりがしっくりきていない。
なんでだろう?と考えていて、気づいたことは、「施術前に話す時間が減っている」こと。
通い始めは私も相手がどういう人かわからないから、なりたい髪型の写真を用意したりして具体的なイメージを膨らませていたんです。美容師さんとも、施術前にイメージをしっかり話していました。
けれども、何回か通ううちに「手入れが楽で」とか、「髪がプリンにならないように」とか、大雑把なオーダーをするようになっていたなぁと。
「こうなりたい!」と理想の姿にワクワクして美容院に行っていたのに、気づかないうちに「とりあえず今よりマシになればいい」と投げやりに伝えるようになっていたようです。
もちろん、そういう感じって相手に伝わりますよね。「あ、この人とりあえず整えばいいんだな」と。
その結果が、「しっくりこない」に繋がってるのかも、と反省しました。
「この人なら分かってくれる」は自分の思い込みかも
人と自分のイメージや考えを共有するって、結構細かなコミュニケーションがいるものですよね。
お互いの心の中は見えないから、言葉を交わす中で相手の頭の中を想像するしかない。
こういう「確かめる」コミュニケーションって、初対面や慣れない相手の方には結構丁寧にやりますよね。相手のことがよく分からないから。
でも相手との付き合いが長くなっていくと、「確かめる」作業が段々と減っていって、自分の主観や思い込みが入り込んでいく。
親しき仲にも礼儀あり。親しい人でも無遠慮にならず、常に相手に敬意を表すこと。
自分の近くにいる人こそ、意識して「確かめる」コミュニケーションをやっていかないといけないな、と思います。